東京高等裁判所 昭和43年(行タ)3号 決定
本案訴訟の事件記録によると、被申立人が法務大臣の裁決に基き昭和四〇年八月一二日申立人鮑東民に対し、同年一〇月九日申立人鄭浩安に対しいずれも出入国管理令第二四条第七号に定める事由に該当するという理由で右各退去強制令書を発付し、申立人両名は現にその執行を受けて横浜入国者収容所に収容されているが、昭和四一年五月四日東京地方裁判所に過失なくしてポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係命令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号)第二条第一項第二号第二項所定の期間内に在留資格取得の申請をなし得なかつたことを理由として右各退去強制令書発付処分の無効確認の訴訟を提起し、勝訴の判決を得たものであること、しかして、申立人両名は中国広東省に本籍を有する中国人であるが、いずれも日本国において出生、成人し、嘗つて本国に帰国したことのない者であるところ、昭和二四年五月申立人鮑東民は満一七歳一一ケ月、申立人鄭浩安は満一九歳三ケ月当時、占領軍軍事裁判所である米国陸軍第八軍第一騎兵師団軍事委員会において昭和二三年四月二五日外二名と共謀の上静岡県浜松市内で犯した強盗致死の罪によりそれぞれ禁錮重労働三〇年の刑の宣告を受け、その頃から平和条約発効の日である昭和二七年四月二八日まで巣鴨刑務所、次いで横浜刑務所において服役していたが、同日午後一〇時頃平和条約の発効により軍事裁判の効力が失われたことを告知されると同時に日本国の刑事裁判手続によりあらためて裁判するという理由で逮捕され、以後上告審たる最高裁判所において強盗致死罪につき申立人両名を各無期懲役に処する旨の判決が言い渡された昭和三〇年九月二〇日まで引き続き勾留されていたこと、申立人両名は昭和四〇年七月ともに右最高裁判所の確定判決による刑の執行として千葉刑務所において服役中東京入国管理事務所の係官から出入国管理令第二四条第七号違反の調査を受け、申立人鮑東民は同年一〇月七日仮出獄による釈放と同時に、申立人鄭浩安も同年一一月一五日仮出獄による釈放と同時にいずれも前示各退去強制令書の執行を受け、横浜入国者収容所に所容されるに至つたものであることが明らかである。
右認定の事実によつて考えると、申立人両名の本案の請求が理由があるものかどうかは軽々には断じ難いけれども、第一審たる東京地方裁判所においては勝訴の判決を得ていることからいつても本案について直ちに理由がないとは認められないこと、また、申立人両名が右各退去強制令書の執行を受けて直ちに本邦外に送還されるときは、本件訴訟の続行に重大な支障を生ずるのは勿論のこと、これに勝訴しても全く無意味に帰する懼のあることを優に推認することができる。従つて、本件においては申立人両名に対する右各退去強制令書に基く執行のうち少くとも送還の部分は、これが執行を停止すべき緊急の必要があるものいわなければならない。そして、右送還の部分の執行を停止しても、公共の福祉に重大な影響を及ぼす懼があると認めるべき資料は全く存しない。
しかし、申立人両名に対する右各退去強制令書に基づく執行としての横浜入国者収容所への収容をも停止することは、出入国管理令に規定する法定の在留資格を紊る懼があるのみでなく、本件記録を仔細に検討しても、にわかに、申立人両名の収容の継続により生ずることあるべき回復し難い損害を避けるため緊急の必要があるものとは認めることができないのである。
よつて、申立人両名の本件各申立を右説示の限度でのみ理由があるものとして認容することとし、主文のとおり決定する。
(平賀 岡本 鈴木醇)